気候変動国際シンポジウム「気候変動対策と未来ビジョン—適応・緩和研究の展望」開催レポート
気候変動国際シンポジウム「気候変動対策と未来ビジョン—適応・緩和研究の展望」開催レポート2023年10月18日(水)、環境研究総合推進費S-18が主催する気候変動国際シンポジウム「気候変動対策と未来ビジョン—適応・緩和研究の展望」が東京大学伊藤国際学術研究センターで開催された。本シンポジウムは、環境研究総合推進費SⅡ-11、東京大学気候と社会連携研究機構、東京大学未来ビジョン研究センターの共催で行われた。S-18は2020年4月、新型コロナウイルスの世界的大流行による混乱の最中に開始したため、3年度目にして念願の国際シンポジウム初開催となった。
当日の参加者は、会場120名、オンラインで538名。オンラインでの参加者は、インド、フィリピン、ベトナム、米国、カナダ、中国など23か国に及び、本プロジェクトや日本の気候変動対策への国際的な注目度の高さが伺えた。
また、本年7月に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第7次評価報告書サイクル(AR7)が開始して間もないタイミングで、第7次報告書(WGⅡ)の共同議長をお招きしての開催であったことも、学界だけでなく産業界からも予想を上回る多数の参加を得ることができた要因と考えられる。
シンポジウムの冒頭で、S-18プロジェクトリーダーの三村信男特命教授(茨城大学)は今回のシンポジウムを企画した目的として①IPCC第6次報告書を踏まえ、第7次評価では何が課題となっていくのかを展望する②気候変動影響の将来予測と対応策の有効性について最新の研究成果を踏まえて議論する③気候変動対策は他の社会的課題とも相互に連関しているため、統合的解決策について議論する—の3つを挙げた。シンポジウムはこれらの目的を意識した3部構成で行われた。
シンポジウムの開幕を飾ったのは、IPCC AR6 WGII共同議長を務めたHans-Otto Pörtner教授(ドイツAlfred-Wegener Institute)の基調講演“Climate policies: a plea for timely and ambitious action”だ。Pörtner教授はまず、気候・生物多様性・人間社会は密接につながっており、互いに強く影響を及ぼし合っていることを紹介し、現状を正確に把握して信頼できる将来予測を立てる重要性を強調した。現在、人間社会と生物多様性は、気候変動による多様なリスクにさらされており、自然の適応能力の限界を考慮した上でリスク軽減のための適応と緩和の方針を打ち出すことがIPCCのミッションだ。
講演では第6次報告書で示された具体的なリスクについて概観し、パリ協定で示された気温上昇を1.5℃以下に抑えるという目標を達成するための選択の幅は狭まっており、近い将来の我々の取組みが将来を左右するという強い危機感を訴えた。Pörtner教授は、気候変動対策は生物多様性保全や土地利用転換、貧困など地球規模のさまざまな社会問題とも密接に関わっていることから、世界中の行政、地域社会、企業など、さまざまなセクターが連携して気候変動対策を加速させる必要があると締めくくった。
続くセッション1「影響・リスク・脆弱性と気候変動対策の効果」では、具体的なアクションに落とし込むことを念頭に研究を展開している4名の研究者が登壇し、多岐にわたる研究成果を紹介した。
IPCC AR7 WGII 共同議長を務めるWinston Chow准教授(シンガポールマネジメント大学)は、都市部における気候変動対策の重要性について紹介した。都市部は気候変動に対して脆弱性が高く、エネルギー供給や交通などのインフラへの複合的・連鎖的な影響も大きい。今後東南アジアなどではさらなる都市人口の増加が見込まれていることから、気候にレジリエントな開発(CRD; Climate Resilient Development)の重要性がより高まっていく。AR7では、CRDを実践するために、政策とファイナンスのギャップを埋めるための現実的な解決策を模索することがより強く求められることになるとの見解を示した。
沖 大幹教授(東京大学、UTCCS 機構長)は気候変動による経済被害、健康被害、生物多様性損失を比較するために金銭的な価値に換算して推計した結果を紹介した。
緩和費用と気候変動の影響コストを合算した総費用は、緩和を行う場合(2℃目標)と行わない場合(3.5℃目標)で平均値に大きな差はなく、緩和費用と緩和を行わないことによる損害額は同程度と推計された。ただし、緩和を行う場合の方が不確実性が小さくなることから、「緩和をしてもしなくても同じ」というわけではないことには注意が必要だ。
緩和費用はシナリオの進行に沿って次第に少なくなり、逆に緩和によるメリットはより大きくなると予想される。しかし、緩和策は喫緊の課題であり、先送りできないことから、その経済的負担は先進国にのしかかる。途上国の将来の影響軽減を重んじるか、先進国の近い将来の費用負担を重んじるかといった気候正義の観点がますます重要な論点となってくる。沖教授は気候変動対策、生物多様性保全、持続可能な開発を一体で考える必要性を強く訴え、講演を結んだ。
風間 聡教授(東北大学)は日本における洪水の適応策と緩和策を防御(堤防など)、受容(高床、田んぼダムなど)、撤退(防災集団移転、土地利用規制など)に分けて、評価を行った結果を発表した。
日本の洪水対策は、従来の治水は防御に重きを置いた総合治水であったが、近年は生活の変容を考慮して受容、撤退を軸とする流域治水の考え方に転換されつつある。風間教授らが河道掘削(堤防建設)、住宅のピロティ化、田んぼダム、土地利用規制の各適応策の被害額軽減率を推計したところ、住宅のピロティ化は他より被害軽減効果が高くなりやすかったという。しかし、地域や家庭によって、実行可能な適応策は異なる。風間教授は、いろいろな適応策を地域の文脈に合わせて組み合わせることが重要であると訴えた。
栗栖 聖准教授(東京大学)は地域単位で気候変動リスクの評価を行うことで、それぞれの地域のリスクや課題を適応の課題を洗い出す研究を行なっている。
たとえば、気候変動の農業影響リスクは、気候変動影響(収率変化)、曝露量(生産量)、適応能力(対策の容易さ)、感受性(当該作物への依存度)で評価される。ミカンやコメを題材として研究を行い、自治体ごとにリスクを評価した。これにより高リスクな地域が特定でき、取りうる適応策を洗い出すことができる。しかし一方で、適応が容易な分野と容易でない分野がある。また、時間フレームも重要で、果樹のようにリーディングタイムの長い作物もあり、一概に評価が難しい部分もある。また、農家や自治体は短期で変化に対応する必要があるため、長期的なビジョンは持ちにくいことも、アンケート調査から示唆された。
栗栖准教授は「あくまでこの研究はリスク評価は相対比較に過ぎず、高リスクの自治体をスクリーニングすることが目的」とした上で、今後はどの地域でどんなリスクが高いのか見ることができるUIを検討中であることを明かした。
講演を行った4名の研究者が再び登壇し、気候変動対策の今後についてパネルディスカッションを行った。長谷川 利拡博士(農研機構)が進行役を務めた。
最初に議題に上がったトピックは、東南アジアや南アジア地域における人口増加と都市化による気候変動リスクの上昇。Chow准教授は、緩和策と適応策を組み合わせて行うためには、それぞれ縦割りになっている現状を変え、気候変動に脆弱な人々が適応や緩和のためのリソースにアクセスできるようにする必要があると指摘した。縦割りを解消するためには、さまざまなセクターに向けて丁寧なリスクコミュニケーションをとっていくことが重要であるということで講演者の意見は一致した。
栗栖教授は、地域や自治体ごとにリスクの高い分野を把握できるような情報発信の重要性について取り上げ、今後取り組みたい課題として挙げた。沖教授は、気候変動対策は「社会を良くする上で取り組むべき大きな課題の一つ」と位置づけ、気候変動対策は取り組みの指針が示されつつあることから、早急に着手すべきであると指摘した。
セッション2「将来の社会に向けた統合的ビジョン」では、多岐にわたる分野の4名の研究者が登壇し、統合的なビジョンの中で気候変動対策をどう位置づけ、進めていくかという大局的かつ中長期的な視点から議論が交わされた。
気候変動の適応策と緩和策は、SDGsとのシナジーが期待されるものがある一方、トレードオフが懸念されるものもある。平林 由希子教授(芝浦工業大学)は、特にトレードオフが大きいと考えられている水資源について着目した研究成果を発表した。研究の結果、河川洪水に対する脆弱性の改善には、緩和策と適応策に大きいシナジーがあり、積極的に進めるべきという示唆が得られた。一方、途上国ではシナジー・トレードオフのいずれも大きくなり、先進国と途上国では効果に開きがあることも同時に示された。
また、灌漑によるバイオマス原料の増産が期待されているが、水利用の持続可能性を考慮した解析を行ったところ大幅増は望めないことが示唆され、灌漑によって今世紀末までに世界のBECCSポテンシャルが6〜7割高まるという楽観論は否定されたという。
講演の最後に、平林教授は現在取り組んでいるテーマとしてティッピングポイント(大規模転換点)の影響について紹介した。ティッピングポイントとは、壊滅的な変化が起こる転換点のことを指し、海洋循環の停止など不可逆的な事態を引き起こす可能性が示唆されている。ティッピングについてはデータが少なく挑戦的なテーマだが、AR6で初めて言及され、重要性が共有された。平林教授も「ティッピングを避けるためには低炭素社会への迅速な移行は不可欠」と危機感を募らせている。
山野 博哉博士(国立環境研究所)は、気候変動と生物多様性の相互依存関係を解説し、自然共生社会の構築が気候変動と生物多様性双方の対策となることを訴えた。自然共生社会とは、生物多様性のもたらす恵みを将来にわたって継承し、自然と人間との調和ある共存の確保された社会を指す。自然共生社会の実現のためには地圏や大気圏も含めた視点が必要となり、実際、気候変動と生物多様性は相互に依存している。IPCCは2021年6月、こうしたビジョンを共有するIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)と合同でワークショップを開催し、報告書を発表した。生物多様性が高いほど気候変動を緩和するというデータも蓄積されつつあり、生物多様性は気候変動両方を考えた対策が必要であることはもはや明白だ。
また、生物多様性は気候変動両方の背景には社会的要因があることも忘れてはならない。モントリオール生物多様性枠組みに対応した「生物多様性国家戦略2023-2030」でも、社会との関わりが大きく取り上げており、双方の危機に統合的に対応していく必要があることが強調されている。
山野博士は、有望なアプローチとして自然に根差した解決策(Nature-based Solutions)を挙げた。Nature-based Solutionsは、ハザードの低減のみならず、自然共生社会の構築を通じた脆弱性の低減に寄与し、気候変動を含む様々な環境リスクに対処できる可能性があるという。
日引 聡教授(東北大学)は、社会科学の観点から、日本の社会課題を考慮した統合的な適応策について、農業と製造業に関する研究事例を通じて考察を行った。農業の場合、農家によって適応能力に大きな差があり、高齢化が進む日本では、適応能力が低い場合が多い。日引教授は日本の農業政策に対して①大規模企業の参入を可能に②農地取引が困難な状況を改善する③収益率を高め、若年化と農家規模を拡大させる—などの具体的な提言を行い、それらがひいては気候変動の適応としても貢献するとの見解を示した。
製造業に関しては、自然災害の影響を企業規模ごとに解析した結果を示した。水害と製造出荷額、事業所数あたりの出荷額、事業所立地、雇用への影響を分析した結果、中小規模の企業への影響がより大きく、大企業に比べて2倍程度脆弱であると推計された。また、災害経験のない地域の方がある地域に比べて水害によるマイナスの影響が大きかったことから、経験のない地域の適応能力を上げるための政策の必要性を訴えた。
これらの事例などから、日引教授は社会インフラと適応策は切っても切り離せない関係にあるという、今後の気候変動対策を考える上で欠かせない視座を提供した。
人新世と呼ばれる現代、ダイバーシティ&インクルージョン、地域の分断、人権、アニマルライツ、公平、デジタル化、少子高齢化など、気候変動のほかにも数多くの課題が山積している。福士 謙介教授(東京大学)は本セッション最後の講演で、人新世における地域社会の課題を整理し、未来ビジョンへつなげるためにどうすべきかについて議論をおこなった。
大都市への一極集中の問題が浮き彫りとなり、分散型の社会が見直されている。しかしそのためには、各地域がエネルギーや食料などの生活基盤をある程度自律的に確保するとともに、地域の経済・資源循環体制の構築などが求められる。こうした地域の基盤づくりを考える柱として、福士教授はエネルギー、食糧、人材・新産業、健康・ウェルビーイングを挙げた。さらに福士教授は、大学は地域社会において、社会的・技術的イノベーションを創出して先駆的なアイデアを地域で実践し、自然と調和した生き生きとした生活を送れる地域社会を構築する役割を担うべきだと指摘し、アカデミアが未来ビジョンの創出において担うべき責任の重さについて論じた。
続くパネルディスカッションでは杉山 昌広教授(東京大学)がコーディネーターを務め、「統合的」「ビジョン」というキーワードを中心に議論が展開した。
「統合的」にシナジーを発現するための方法をどう実施するかが重要。その例として、自然に根差した解決策(NbS)の事例が議題に上がった。山野教授はNbSは多面的なベネフィットがある一方、広い土地を必要とするため、例えば堤防のような単一の目的に特化した対策手段との比較を含め、メリットとデメリットを、地域の価値観も踏まえて検討することの重要性を述べた。
都市と地域の格差についての議論では、日引教授は、人口減少が進み小規模な農村が取り残される未来は避けられないと指摘し、大都市の近郊に移り住む政策を検討することが必要との立場を示した。社会インフラへの負担を抑えることが適応策にもつながると指摘した。
ビジョン作りについては、平林教授は「研究者はあくまでエビデンスの提示しかできない。それを元に政策を立案するのは各国の政府などの意思決定機関」との立場を強調した。ただ、各地域の状況をどれだけうまくモデルに埋め込めるかで、適応策の実行可能性が左右されるので、ローカルな状況をきちんと把握してモデルに組み込むことが重要だと述べた。
福士教授は、適応について考えること自体が、地域ビジョンの確立に役立つとの見方を示した。アカデミアには、各地域が持つ資源やリスクなどについてできるだけ解像度の高い情報提供が求められると強調した。
山野教授は、自然資源の利益が十分認識されていないことからビジョンにそもそも自然資源の活用が入っていないことが多いという問題を指摘。自然資源に対する認識が広まるよう情報提供を工夫して行う必要を訴えた。日引教授は、人口減少は今後避けられないグローバルな社会課題であることを改めて述べ、気候変動のビジョンは、どの程度大都市に人口を集中させるのかといった人口減少社会のビジョン作りと両輪で進める必要があると強調した。
コーディネーターの杉山教授は「ビジョンとは皆で議論しながら磨き上げ、どんどん変わっていくもの。今回そのような場を持てたことは非常に意義深い」と、本セッションを締め括った。
総合司会を務めた村山 顕人教授(東京大学)は本シンポジウムを通じて「長期的な将来を見据えて持続可能な未来社会をデザインし、生物多様性を含む気候変動対策の具体的なアクション、あるいはイノベーションを急ぐ必要があることを改めて実感した」と述べ、閉会となった。
なお、本シンポジウム参加者に対して行ったアンケートでは134件の回答を得ることができ、95%以上が「非常に良かった/Very satisfied」もしくは「まあ良かった/Satisfied」と回答した。自由記入欄には、気候変動の対応策と他の課題の解決策を統合して持続可能な社会を実現する新しいビジョンを考えるという視点の新鮮さや議題の幅広さについてポジティブな意見が多く、多様な分野の研究者が「統合的な未来ビジョンを描き出すためには」という軸は共有しながらも、さまざまな成果や視点を提供したことが高い評価につながったものと考えられる。
今後も本シンポジウムのような横断的・融合的な議論を醸成する機会を提供していきたい。
(記事 (株)エウサピア 椿 玲未)